『ザ・コーヴ』『太陽の町、黒潮とクジラと』

非実在青少年の青少年条例問題からこっち、「表現の自由」という言葉をやたらと聞くので、上映中止運動で盛り上がってしまっている『ザ・コーヴ』の事も気になっています。


映画「ザ・コーヴ」上映中止問題を考える


ザ・コーヴ』は新聞やテレビが上映に味方してくれていいなあ、それに比べて都条例問題は、新聞テレビは都側の意見を右から左に流すばっかりで(松下都議によると、都庁記者クラブの問題だそう)……と思っているんですが、それはさておき。


昨日、ロフトプラスワンでの『ザ・コーヴ』公開討論会生中継を観た。いろんな人が来ていて面白かったのだけど、その中で、「日本人も返答になる映画を作るべき」「そうは言うけど、日本映画や太地町の漁師さんたちとハリウッドの大資本では、勝負にならないし」というようなやりとりがあった。
その後、Twitterで『太陽の町、黒潮とクジラと』の事を知った。


Red Fox もう一つの『ザ・コーヴ』〜ドキュメンタリー『太陽の町、黒潮とクジラと』


なんだ、アンサームービーはとっくに作られていたのだ。残念なことに、日本人が作ったものではないけれど。作ったのは大資本とは無縁の、在米アルゼンチン人の新人監督。おそらくすごく低予算。
彼らははるばる地球の裏側からやってきて、(おそらく外国人にあまり好意的でない)漁師さん達に取材した。何故、地理的にも、文化的にも、ずっと取材しやすい環境に居る日本人がこれを出来ないのかな。『ザ・コーヴ』に憤っている人は大勢居るのに。ちょっと考えてしまった。
ロフトの中継で現地取材中の新聞記者さんが言っていたように、太地町の漁師さんたちに欧米とやりあう「表現・言論活動」を求めるなんて、確かにそれは無茶な話。でも本来は、そういう人達の声を拾い上げ代わりに世に問うのが、新聞記者や、ジャーナリストや、ノンフィクション作家の仕事なのでは?いったい何のために、たくさんの新聞記者や作家がこの日本に居るんだろう。
青少年条例がらみで、いろいろな人と話していろいろな事例を見たけれど、「世間に逆らって表現したい事なんて別に無いし、知る権利にも興味が無い。それよりマナーと思いやりが……」という感じの意見に良く行き当たる。日本では「表現の自由」ってさほど大事にされていない、必要とされてないのかな……と思う今日この頃。
この国、この世間で、「表現する」っていったいなんだろな。「表現する事」を控えがちなこの社会で「表現の自由」を掲げても、借り物の概念を掲げているような居心地の悪さを感じています。


でもそんな人ばかりではなくて、「静岡市の図書館をよくする会」の佐久間さんみたいな人も居る。
ロフトプラスワンの討論会中も、『タイ買春本』撤去要請を巡る、佐久間さんの文章を思い出していた。

世の中には、自分たちは他者の知る権利を制限することが出来る、他者の判断に介入することができる、と自認する個人や団体がいるものです。そうした人達は、じぶんの正義を信ずるあまり、検閲者としてふるまうことの社会的害に気がつきません。

 私たちは、自分の信念に従って社会をより良くするために活動している人々を尊敬します。しかしそれは、彼らが個人の権利、知的自由や知る権利を尊重し、知識を制限するのではなく拡大する方向で活動する限りにおいてでしかないでしょう。
(略)


 カスパルの方々は全員、この本を読んでいる訳です。内容に異議をとなえているからには、まさか読んでいないはずがありませんから。そして図書館にはまさにその本の廃棄を要求し、私たち市民にはその要求に賛同してほしいと言っておられる。自分たちが読んで判断したものを、他の人々には読まずに判断しろというのでしょうか。それとも、我々の判断を信じろ、我々に判断を委任しろ、というのでしょうか。自分たち以外の人間には判断能力がないから、代わって判断してやるとでもいうのでしょうか。


 しかしある本をどう判断するかは、私の権利に属します。私はこの権利を行使するに当たっては、まず、当のその本を読みたい。その上でいろいろな意見をも読んで調べたい。けれどもあくまでそれは、自分の判断の参考資料にするためであって、いくら賛同できる意見を言っていても、その人たちに私の判断の代行を頼んだりはしません。頼みもしないのにその人たちが私に代わって何かを判断したり主張したりするのを、認める訳にもいきません。

「知る権利」と「図書館の自由」擁護のために

佐久間さんの感覚はおそらく大方の日本人の感覚からかけ離れている。でもこういう人もちゃんと居るんだという事はとても励みになるし、弱気になったときには繰り返し読み直したい文章です。




有松絞と遠州手ぬぐい
(あまり関係ないけど、お土産に貰った有松絞(愛知)と、浜松の職人さんの手ぬぐい。静岡も、伊東辺りはイルカ猟の地で、今でもスーパーに行くとイルカ肉を売っている。)





ところで、ロフトプラスワンの討論会でも、上記の『太陽の町、黒潮とクジラと』記事でも、『The Cove』は「ドキュメンタリー」か「プロパガンダ」かが話題になっていた。「プロパガンダだから価値が無い」と言う人が結構居るのだ。私はそもそも「中立なドキュメンタリー」なんて眉唾ものだと思う方なので、その意見には反対なのだけど、Red Foxさんの記事でこんな事が書かれていた。

Tamagawaboat氏の弁によれば、「ドキュメンタリー」とは観る者に何かしら考えさせる問題提起をするものであり、「プロパガンダ」とは一方的な視点や考えを観る者に押し付け何ら考える物を何も残さないものだという。
(略)
 『ザ・コーヴ』の主張とは問題提起ではなく結論であり、目標遂行のために同調者を増やす事を目的に作られた完全なるプロパガンダ映画である。


それに対して『太陽の町、黒潮とクジラと』に登場する人物は、『ザ・コーヴ』のようにある目的の下に集まった集団ではなく、元々その地域で暮らして来た人々の生の声をそのまま伝えているものであり、この映画が提起するものは唯一「伝統とは何なのか?」である。


 登場人物に自由に語らせていながらもこの違いは歴然としている。


 そういう意味においても、そして取材対象を深く知りありのままに伝える努力という点でも、恐らく『ザ・コーヴ』の1/100くらいの予算しかかけていないであろう『太陽の町、黒潮とクジラと』の方がよほどドキュメンタリーらしい作品と言える。

Red Fox もう一つの『ザ・コーヴ』〜ドキュメンタリー『太陽の町、黒潮とクジラと』


実を言うと私はまだ『ザ・コーヴ』を観ていない。けれどレビューはいろいろと読んだので、内容は大体知っている。その上で考えると、『ザ・コーヴ』と『太陽の町、黒潮とクジラと』を日本人視点で見た時に、どっちが安心して「考えずに」見られるかというと、上品で日本人寄りな『太陽の町、黒潮とクジラと』の方じゃないのかな。
ザ・コーヴ』を観て無批判に映画の主張に賛成する人なんて、日本人にはたぶん殆ど居ない。
この映画の提起する水銀問題が気になって、調べてみようかなと思う人も結構居る様な気がする。というか私がそうだった。アカデミー賞発表を受けて、『The Cove』がどんな映画なのか情報を探して、水銀の事をちょっと調べてみた記録がTwitterのログに残っている。(今見ると非実在青少年騒ぎの直前だな、これ。)こんな風に『ザ・コーヴ』も問題提起の役目は果たしているのだ。


プロパガンダ映画と言ってまず思い出すのは、ナチスドイツが作らせた『民族の祭典』。プロパガンダ映画だけれど、記録映画としてとても高い評価を受けている。
日本の太平洋戦争中のプロパガンダ映画も、臭いものに蓋をするように戦後教育からは遠ざけられているけれど、当時の「リアル」を感じる上でとても大事な記録だ。(個人的には、戦争のリアルから遠く離れてしまった現代日本人が作る「戦争反対」作品よりも、よほど示唆に富んでいるように思う。)


よく混同されるけれど、製作者の意図と、受け手の解釈というのはまったく別物だ。
私は法律には暗いただのエンタテイメント業の絵描きだけれど、物語を解釈して絵をつけるのを仕事にしているから、その違いはいつも気にかけている。
非実在青少年問題を受けて、ちばてつや先生や竹宮恵子先生が都庁で記者会見をされた日、Twitterでこんな事を書いた。

「作者が言いたい事を読み取る」のが正解なのは国語の授業だけで、実際は読者は好きなように読み取るもの。恋愛部分しか読まない人、暴力描写にしか興味がない人、いろんな読み手が居る。作者が(青少年を性の対象として)否定的に描いても、肯定的に読む人は絶対居るよね

http://twitter.com/sasaiicco/status/10513273562


いくつかRTや★を貰ったから、同じように思った人が割と居たんじゃないかなと思っている。
『The Cove』や、青少年条例が規制しようとしている性メディアがどんなに低俗であっても、結局受け取る側次第で価値はどんな風にも変わるのだ。低俗だから、プロパガンダだから、規制してもかまわないという意見には説得力を感じない。
そういう事を改めて思った『ザ・コーヴ』討論会と『太陽の町、黒潮とクジラと』でした。


クジラを捕って、考えた (徳間文庫)

クジラを捕って、考えた (徳間文庫)

クジラを捕って、考えた

クジラを捕って、考えた


更にところで、↑の著者川端裕人さんのツイートで、5/17に行われた東京都青少年条例改正反対集会が、本になる事を知りました。楽しみ。


立派な本と並べるのは気が引けるのですが、コミティアでうちが出した同人誌の条例本もコミティアさんで通信販売中です。4月末の時点での「非実在青少年」問題のリアルが、きゅっと詰まっていると思っています。どうぞよろしく〜。