東京都青少年条例の新改正案について
都の12月議会に提出される、新しい青少年条例改正案が公開されたので読んでみました。
→[twitter:@beniuo]さん作成の、google docs版。
→[twitter:@himagine_no9]さん作成の、PDF版 と HTML版。
こんな事送ろうと思う
新改正案もやっぱりあほらしい内容で、私はこの改正に反対です。忙しい人の為に、私が議会に伝えようと思っている反対意見を最初にまとめると…
- 「非実在青少年」で問題になった先の改正案から、内容が根本的に変わっていません。
その事はサイゾーの昼間たかしさんの記事(”青少年課長も「前と言っていることは変わらない」と認める『新・健全育成条例改定案』の中身 - 日刊サイゾー”)でも指摘されています。先の条文の製作過程が問題視されている以上、初めからやり直すべきです。
- 都の青少年・治安本部が内々に行った、PTAへの説明会の内容に問題があります。
その内容は、杉江松恋さんのブログで公開されています(”青少年健全育成条例の改正に関する都職員の方からの説明”)。(松下玲子都議の都政報告会では、こういった説明会が70箇所以上で行われたとのことです。)これを読む限り、都側の説明は『功利主義の出版業界 vs 子供を想うPTA』という誤った認識を広める物でしかありません。子供を想い条例改正に反対した地婦連の意見や親の意見、また子ども自身の意見、日弁連を代表する各弁護士協会の意見などは封殺され、無かった事にされています。こういった歪んだ説明会の結果出てきた「賛成意見」は、むしろ誤った説明による被害の証拠であり、そこに民意は無いと考えます。
- 「親の安心」よりも「子供の安全」を第一に考えて、青少年条例を見直してください。
従来、青少年条例は第一義的に「親の安心」の為に作られ運用されてきました。それが本当に「子供の安全」に寄与しているかはないがしろにされ、長年の青少年条例の効果は全く検証されていません。子供は保護者の管理下にあり、保護されていれば良いという考え方が通用していた時代もありました。しかし今現在日本は子どもの権利条約の締約国のはずですし、またCAPプログラムのような、子供を大人が守るべき弱い存在と考えるのではなく、自分で身を守る主体と考えるやり方が支持され広がってる事は、「大人の安心」だけでは駄目なのだという民間の要請を表しているのだと考えます。
インターネットのフィルタリングによるオーバーブロッキングや、性教育の不足など、子供から無造作に情報を取り上げることによる弊害についても、きちんと向き合う必要があります。
私自身も、周囲の子供のことを心配する大人の一人であり、いずれ自分が母親になるかもしれない立場です。だからこそ、繰り返される不毛な規制行為やバッシングに本当にうんざりしています。このコストを、もっと意味のある事(本当の意味での子供の安全)に振り向けて欲しいと心から願っています。
- 日本の漫画文化・物語文化に育てられ、生活の糧としている者として、物語の多様性を萎縮させる条例案に反対します。
私は小説の挿絵やゲーム・アニメの仕事などをしている、フリーランスのイラストレーターです。今まで渡航先の海外で、日本の豊かな漫画文化が愛されている事を何度も体感してきています。それらは物語文化を育んできた先達の方々が、一般の大人が子供の目から隠そうとするタブーに挑んできた歴史の上に成り立っています。今回の条例改正案は、こういった歴史と真っ向から対立するものですし、こういった条例が生む萎縮によって、消えて行く作品の数々は取り返しがつきません。
また私は、所謂「有害図書」的なものに数多く触れて育ちました。それらの影響は実体験からの影響に比べればほんの軽微な物で、かえって価値観の多様性を知る糧となっています。青少年・治安本部の方からの「こんなものを子供が見たらどうするのか」という問いには、「実体験から言えば、子供はそれだけの事ではどうもなりません」とお答えしたいと思います。
- 但し、「見たくない」人の権利を守る必要も感じてます。
改正案を支持する人の多くは、性的な表現物について「見たくないのに強制的に見せられている」と仰います。公共の空間で、こういったストレスへの配慮はもっとあっても良いと考えています。しかしそれらは「青少年の健全育成」「図書制度」という枠組みでは無く、年齢を問わず、広告などにも適用して広く配慮される必要がありますし、「見せたくない」大人が、「見たい」子供から強権的に情報を取り上げるべきではありません。またこういった配慮も、民間の自主規制として行われるべきことだと考えます。
……こんな感じです。もうちょっと短くまとめないといけないかな……。かなり気恥ずかしい部分もありますが、だいたいこんな事を手直ししてお手紙を書こうと思っています。(※無いと思いますが念のため、丸々コピペして使ったりするのはお止めくださいね。)
★勝手に宣伝★
京都の劇団、笑の内閣さん([twitter:@waraino_naikaku])の『非実在少女のるてちゃん』東京公演が12月11,12日に予定されています。12日には豪華ゲスト、セーブザチルドレンの森田明彦尚絅学院大学教授とのアフタートークつきだそう(”アフタートークゲストに規制派寄りの方が来る!:高間響ブログ”)。すごいよ。行きたいなあ……。
新改正案について
「あほらしい」だけではあんまりなので、以下、具体的な感想も書いておきます。
表示図書(成人マーク)・不健全図書の項(七条・八条)の、従来の「性的感情を刺激し、残虐性を助長し、又は自殺若しくは犯罪を誘発し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」という条件に、前回の非実在青少年に変わって今度は「漫画、アニメーションその他の画像(実写を除く)で、刑罰法規に触れる性交もしくは性交類似行為または婚姻を禁止されている近親者間における性交もしくは性交類似行為を、不当に賛美しまたは誇張するように、描写しまたは表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの」。が追加されました。
非実在青少年は、架空の世界に「青少年(0〜17歳)」という概念を持ち込みその性道徳を管理しようとするものでしたが、今度は架空の世界の出来事を、現実の刑法で取り締まりたいそうです。あほらしすぎてくらくらします。加えて近親相姦も特別に駄目。なんででしょう。意味が分かりません。佐藤さんの『鏡家サーガ』もピンチです。(あ、絵にしなければいいのか。)
恐らくこの条文を作った人たちの脳裏には、下世話なえっちな、大人が見れば大概皆けしからんと言いそうな漫画だけが浮かんでいて、それと名作漫画はまったく別物だと考えているのでしょう。でも先にも書いたとおり、大人がけしからんと思う事や、世間が隠したがるタブーを扱って見せるのも漫画の大事な仕事なので、「タブーに触れる事のけしからなさ」を根拠に物語を規制しようとしたら、名作漫画とのぶつかり合いになるに決まってます。物語好きにはこれらは自明の事ですが、それが分からないくらい、この条文を作った人たちは物語文化に理解が無いのが分かります。
これは改正案だけでなく従来の条文もそうですが、こういうものを見せると青少年が健全に育たないおそれがあるそうです。おそれがある、で断罪できたら裁判所は要らないよと思うんですけど、「青少年相手に限っては」本当に有害かを証明する必要は無いのだそうです(条文の作成者である青少年治安本部にお電話して聞きました)。
日本の青少年って、随分ひどい環境で育てられていたんですね。私も友人も周囲のちびっこ達も、みんなその犠牲者なんだなあ。「疑わしきは罰せず」の精神はここにはありません。架空の物語の中の犯罪行為よりも、現実の法(条例)の作成者に順法精神が無い事の方が、ずっとずっと青少年には悪影響があると考えます。おかげで日本人の多くは「推定無罪」という概念を殆ど知りませんし、「子供に理不尽な思いをさせてもかまわない、なぜなら自分もそう育てられたから」という不幸の連鎖が続いているように思います。
それから、十八条の六の二の2の、児童ポルノ対策の項での、実際の被害児童への心身のケアについて。
前回の改正案では申し訳程度にたった数行の漠然とした記載があっただけでした。今回もやっぱりたった数行のまま。あほらしい条文を練る意欲を、ここに使うべきだと強く思います。
ここに象徴されるように、改正案の全体が、青少年へのケアや支援よりも取り締まりに重きが置かれています。これは条例作成・実行者である青少年治安本部が警察の出先部署である事と無関係ではありません。これも先に電話した時に「福祉は別部署の仕事だから(うちでやれることは余り無い)」と言われました。じゃあ、青少年の健全な育成とやらについてこの部署に期待できる事は何も無いな、というのが私の感想です。他自治体の青少年課は、福祉や生活の部署に組み込まれているのが一般的で、東京都も以前は福祉の部署にあったそうですが、石原都政下で治安の部署に組み込えられたそうです。私も以前は都民だったのに、恥ずかしながらまったく知りませんでした。今更ではありますが、元に戻す必要を感じます。
ところで4月の終わりごろに、私は条文を作った青少年治安本部に電話をしました。その時はいろいろと丁寧に優しく対応して頂いたのですが、6月議会で否決になった後に電話をしたら、うってかわって対応が冷たくなっていました。地方行政に詳しい人は皆、「作成した条例案が否決されるっていうのは、面子を完全に潰されたっていうこと」だと言います。うーん。条例作成者は自業自得だと思いますが、一般職員の方々に同情します。でも私としては、相手が面子を潰されて必死になっているであろう事の方が問題です。
3月の非実在青少年問題からこっち、青少年条例や実在の児童の性被害の問題に興味を持つようになって多少知識がついて来たのですが、その上で条文を見ると、ほんとーにあほらしく感じます。
もっとあほらしいのは、そのあほらしい案が議会を通ってしまいそうだという事です。
非実在青少年問題に興味を持って最初に驚いたのは、都議会・都政ってこんな酷いものなの?という事でした。
条文作成のプロセスも議会のプロセスも、民意やあるべき手続きをまったく無視したものだったし、都知事も大手新聞の記者も、改正案作成者である青少年治安本部の(自分に都合の良い)説明を鵜呑みにするばかりで条文を実際に読む気配もありませんでした。おかげで新聞記事は完全に偏向報道。政治家は基本的に若者文化は叩く物だと思っていて、「若いもんの味方をしても票にならない」と言わんばかりだし。(そうでない少数の議員さんも居たから、前回の改正案は何とか否決まで行ったわけですが。)
でも考えてみれば私も、少し前までは都民だったのに都政の事は何も知らず、議会での党の構成も知らないというありさまでしたし、周囲の友人知人も似たような物でした。さもありなんという感じ。
恐らく問題のある議題は他にもたくさんあって、やっとその事に気づいた私には、この問題が何より優先して取り組むべき重要なものだと言い切る自信はありません。
でも、こういった政治への無関心の煽りを一番に食らうのは弱い立場、例えば子供たちなので、長年に渡って大人がやりたい放題に「子供はこうあるべきという」押し付けのルールを積み上げてきた青少年条例は、その端的な例だと感じます。なので今は、これにちゃんと反対しておこうと思っています。
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ネットのおかしな反対派
自分についてはそんな感じなのですが、少し気がかりな事があります。「ネットのおかしな反対派」というお化けの事です。
この件に興味を持って以来、いろんな所に対立点や調和点を探しにうろつきました(主についったーで)。どこに行ってもこのお化けの話を聞かされます。時にはネトウヨと言われる人たちと一緒くたにして話されます。私個人は反対運動的な活動の中で、そんな人に実際に会った事ないのですが……。
この一連の騒動は、私を含めて今まで政治的な活動とは無縁だった人たちを多く巻き込みました。私なんかはそこが面白くて意義があると思うのですが、中には不慣れゆえに極端な事、無茶な事を言う人も居ます。ネットで騒ぎの尻馬に乗って騒ぐだけ騒いで結局何もしない人も、多く居ると思います。また、ツイッターでの発言が文脈から短く切り離されて誤解を招く形で流布している事もあります。私の発言も切り出し方によっては、「ネットのおかしな反対派」的なのかもしれません。(よく男に間違われたり、腐女子に間違われたり、いろんなものに間違われますし。)
そういったあれこれを切り貼りして、「ネットのおかしな反対派」というお化けが仮想敵として育って行っているんじゃないかなあと考えています。
もちろん、迷惑行為を行う人なんて居ないと言うつもりはありません。さまざまにデマを飛ばす人も居ますし。困った話で、こういった行為は名指しの上で批判されるべきです。
でも、それと同じような事をもっと深刻な形で、条例作成者である都の青少年・治安本部がやっているという事の方をこそ、問題視して欲しいと思います。
上の方にも書きましたが、青少年・治安本部は一貫して(webの小さな草の根グループ等とは比較にならない、職権濫用的なやり方で)、議会に、マスコミに、PTAに、偏った情報を流し続けています。当初からある多様な意見を無視した「出版業界 vs PTA」「表現の自由 vs 子供を守る」という誤った構図はその典型です。
都政に抗議するのは困難でめんどくさく、web上の「反対派」は手近で叩きやすいのかもしれません。その感じはなんとなく分かりますが、それは困難な実在児童問題を後回しにして、手近な「絵」を取り締まろうとする態度とあまり変わらないように思えます。
私たちは何かと対立軸や仮想敵を作ってしまいがちで、気づくと結局弱者同士の叩き合いに陥っています。その不毛さを、この数か月ほんとに嫌になるほど実感しました。「ネットのおかしな反対派」という誰ともつかない曖昧なイメージが、取り返しのつかないほどこじれて大きく育ってしまわないよう願ってます。
つらつらと書いていたら、随分長くなってしまいました。ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
最後に、BL読みのちーけんさん([twitter:@ti_ken])の檄文(笑)が必読だったので、リンクしておきます。
→[BL雑記]“被害者ヅラ”はやめましょう。このままでは必ず負けます――「マンガ規制都条例」問題
3月時点のものですが、ジェンダー関係の研究者マサキさん([twitter:@cMasak])が書かれた意見書も、他視点からの物としてとても参考になります。
→「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」について、文書を送りました « Gimme a Queer Eye If You Have Two
私の関連記事は↓この辺。
→2010-06-07 青少年条例のこと
→2010-07-04 『ザ・コーヴ』『太陽の町、黒潮とクジラと』
→2010-08-02 『子どもの最貧国・日本』
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